オプション取引に関連した法律・判例(企業・公益法人向け)

1 金融商品取引法においては、オプション取引について、まず、
「市場デリバティブ取引」としてのオプション取引が2条21項3号に、
「当事者の一方の意思表示により当事者間において次に掲げる取引を成立させることができる権利を 相手方が当事者の一方に付与し、当事者の一方がこれに対して対価を支払うことを約する取引

イ 金融商品の売買(第1号に掲げる取引を除く。)
ロ 前2号及び次号から第6号までに掲げる取引 (前号に掲げる取引に準ずる取引で金融商品取引所の定めるものを含む。)」
と規定され、

「店頭デリバティブ取引」としてのオプション取引が同条22項3号及び4号に
「三  当事者の一方の意思表示により当事者間において次に掲げる取引を 成立させることができる権利を相手方が当事者の一方に付与し、 当事者の一方がこれに対して対価を支払うことを約する取引又はこれに類似する取引

イ 金融商品の売買(第1号に掲げる取引を除く。)
ロ 前2号及び第5号から第7号までに掲げる取引
四  当事者の一方の意思表示により当事者間において当該意思表示を行う場合の金融指標として あらかじめ約定する数値と現に当該意思表示を行つた時期における現実の当該金融指標の数値の差に基づいて 算出される金銭を授受することとなる取引を成立させることができる権利を 相手方が当事者の一方に付与し、 当事者の一方がこれに対して対価を支払うことを約する取引又はこれに類似する取引 」
と規定されています。

ここで、市場デリバティブ取引とは、
市場において市場を開設する者の定める取引及び方法に従い取引されるもののことで、
店頭デリバティブ取引とは、
市場によらない取引で、当事者間で取引の基準及び方法を決定して行う取引のことです。

2 オプション取引の裁判例で、説明義務違反等を認めたものは多数ありますが、
最高裁判所の判決としては、平成17年7月14日の判決があります。

この判決は、適合性原則から著しく逸脱した証券取引の勧誘をしてこれを行わせたときは、 当該行為は不法行為法上違法となることを認めつつ、
当該事案については、適合性原則違反についての不法行為の適用を否定し、 助言義務等、他の争点について審理するよう指示して高等裁判所に差し戻しました。

このように、オプション取引の販売についての販売者の責任を追及することには、困難も伴いますが、
他方、本件事例の原告であるオプション取引の購入者は、後記のとおり、 これらの取引に相当熟練していた者(会社)であり、このような者であっても、 本質的な適合性であってすら問題となりうることが、オプション取引の危険性を如実に表している事案ともいえます。

3 この最高裁判所の事案は、下記のようなものです(最高裁の事実認定をそのまま引用します。)。
「(1) 上告人は、平成13年10月1日、原審脱退被控訴人D株式会社(同日までの商号D證券株式会社。 以下「D證券」という。)から証券業等に関する営業を承継して、本件訴訟を引き受けた証券会社である。

 (2) 被上告人は、X市E市場の水産物卸売業者として、卸売市場法所定の農林水産大臣の許可を受けて、 水産物及びその加工品の卸売業を営む会社である。
被上告人は、X市の中央市場整備計画に基づき、 既存の卸売業者5社を統合する形で、昭和59年4月21日に設立されたものであり、 資本金は1億2000万円、水産物卸売業に係る取引高は年間200~300億円であった。
被上告人についての卸売市場法19条1項所定の農林水産大臣の定める卸売業者の純資産基準額は9000万円であり、 これを下回ると、一部営業停止等の処分を受ける可能性があった。

 (3) 被上告人は、その開業の際、経営安定資金として計26億円の公的低利融資 (うち20億円は10年後一括返済、6億円は5年間の元利均等返済、いずれも年利2%)を受けたことから、 当面使用する予定のない資金を証券取引で運用することとし、 昭和59年9月、D證券に運用資金5億円を預託して、 被上告人の計算においてする証券取引をD證券に委託する取引(以下「本件取引」という。)を開始した。

なお、本件取引は、D證券のF支店で行われたものである。
そのころ、被上告人は、他の証券会社2社にも各1億円を預託し、同様に証券取引を委託することとした。

 (4) 被上告人において、本件取引に係る意思決定は、 当初は代表取締役社長のG(以下「G」という。)が行っていたが、同人は多忙であったため、 次第に、専務取締役であるH(以下「H」という。)が直接これに当たるようになった。
Gは、昭和50年にIを卒業し、K株式会社勤務を経て、父親が代表取締役を務める水産物卸売会社に入社し、 営業等を担当していたところ、昭和58年に父親の死亡により同社の代表取締役に就任し、 昭和59年に被上告人の設立に伴いその代表取締役に就任した。
Gは、個人及び上記水産物卸売会社の代表者などとして、遅くとも昭和58年までには、 株式の現物取引、信用取引、先物取引、ワラント取引等を経験し、 自分なりの証券取引の知識と判断基準を身につけていた。
 Hは、昭和31年にJ大学商学部を卒業し、K株式会社に入社して経理畑を歩んだ後、 被上告人の設立に際して出向を命じられ、被上告人の専務取締役に就任した者である。
Hは、被上告人に出向するまで、資金運用業務を担当した経験はなかったが、 本件取引を通じてGの指示を仰ぐなどしながら証券取引の経験を積むとともに、 昭和61年には個人でも複数の証券会社に取引口座を開設しており、 そのころまでには、一般的な証券取引の知識と経験を有するに至っていた。

(5) 本件取引は、約10年間にわたって行われ、その売買総額は累計で約1800億円に達する。
その取引経過の概要は、次のとおりである。
ア 被上告人は、昭和59年9月に本件取引を開始し、昭和60年3月までに、 株式等現物及び中期国債ファンドの売買により約2100万円の実現益を上げた。
その後、被上告人は、取引商品の種類と金額を順次拡大し、平成元年7月までには、株式等の現物取引のほかに、 信用取引、国債先物取引、外貨建てワラント取引、株式先物取引も行うようになり、 本件取引に係る売買総額も年間200~400億円に上った。

この間、昭和61年度(被上告人の会計年度である当年4月から翌年3月までをいう。以下同じ。) には1億円を超える実現益を上げ、昭和62年度にはいわゆるブラックマンデーの影響により 1億円を超える含み損が生ずるなどの経過があったが、 昭和63年度には実現益約1億5880万円と本件取引期間中最高の利益を計上した。

イ 平成元年6月12日、大阪証券取引所において、 株価指数オプション取引の一つである日経平均株価オプション取引が開始された。
D證券の当時の担当者L課長は、G及びHに対し、D證券発行の株価指数オプション取引の説明 パンフレット及び大阪証券取引所発行の株価指数オプション取引説明書を交付して、 オプション取引の概要、プット・オプション及びコール・オプションの意味などとともに、 オプションの買い取引の場合は投資資金全額を失うことはあるが損がそれ以上に拡大することはないこと、 オプションの売り取引の場合は損失が無限大に広がる可能性があることなどを説明した。
被上告人は、これを受けて、日経平均株価オプション取引を始めることとし、 上記説明書の内容を確認したとの趣旨の確認書をD證券に差し入れた。

ウ 被上告人は、平成元年8月2日、初めてのオプション取引として、 日経平均株価のコール・オプション10単位を約234万円で買い付けたが、 約107万円の損失を出したため、オプション取引から手を引くこととした (以下、このときのオプション取引を「1回目のオプション取引」という。)。
その後、D證券の担当者がM次長に替わったこともあり、同人の勧誘により、 被上告人は、平成2年4月から5月にかけて、再び日経平均株価のコール・オプションを 10回にわたって買い付ける取引をした(計65単位、買付総額約3400万円)。
被上告人は、これにより690万円余りの利益を上げたが、同年5月にHが急性胃潰瘍で入院したため、 いったん取引は中断された(以下、このときのオプション取引を「2回目のオプション取引」という。)。

エ 日経平均株価は、平成元年12月29日に最高値をつけたが、その後下落に転じた。
被上告人は、実現損を生ずる保有株式の売却を避けるなどの方針で対応したが、 平成2年度末の保有証券等の含み損は10億円を超えた。このような中で運用益を上げるため、 Hは、平成3年1月ころ、D證券の担当者となったN課長(以下「N」という。)に対し、 株価指数オプション取引で利益の確定できる取引はないかと尋ね、 Nはそのような取引はないが一定の資金の範囲内でやってはどうかと勧めた。
これを受けて、被上告人は、平成3年2月から日経平均株価オプション取引を再開した (このときから平成4年4月までの間のオプション取引を、以下「3回目のオプション取引」という。)。
Gは、3回目のオプション取引を始めるに当たって、Nに対し、 オプション取引の損失が1000万円以上になったらこれをやめると告げた。
3回目のオプション取引は、新規取引の回数で計68回にわたって行われたが、 新たな現金が不要であるとの理由から、オプションの売り取引が多く選択された。
平成4年3月26日、Hが、オプション料収入を被上告人の平成3年度中の利益に計上すること を意図した決算対策として、 コール・オプションとプット・オプションを各20単位ずつ売り建てるという取引をしたところ、 同年4月1日の決済により差引き1500万円を超える損失が生じた。
被上告人は、この結果を受けて3回目のオプション取引を終了させたが、 この間のオプション取引の通算損益は、約2090万円の損失となった。

オ 平成4年11月にD證券の担当者がO次長(以下「O」という。)に交替となったのを機に、 G及びHは、今後の運用方針についてOと4、5回にわたって話し合った。
その結果、日経平均株価オプション取引による運用を再開することとし、 被上告人は、平成4年12月から平成5年11月にかけて、オプションの売り取引を中心に 新規取引の回数で計199回のオプション取引を行った (以下、このときのオプション取引を「4回目のオプション取引」という。)。
この間の平成5年4月上旬には、約1億円の損失が発生したが、 そのうちの約6400万円は、Hが前年と同様の決算対策として行ったオプションの売り取引に係る損失であった。
さらに、平成5年10月末から11月初旬にかけて日経平均株価が急落した際、 被上告人はプット・オプションを売り建てていたため、約1億1500万円の損失が生じた。
被上告人は、これを最後にオプション取引を終了させた。
4回目のオプション取引の通算損益は、約2億0721万円の損失であった。
なお、Oは、この間、1日に2、3回は被上告人に電話をかけ、週に1、2回は被上告人を訪れ、 G及びHと会うなどして、相場の見通しを話し合ったり決済の指示を受けるなどしていた。

カ 被上告人は、前記のとおり、純資産基準額を維持する必要があったが、 被上告人の投資意向は、手堅い商品に投資を限定しようとするものではなく、 多少のリスクがあってもできるだけ利益を上げたいというものであった。
また、被上告人は、本件取引の運用資金が借入金であることはD證券の担当者に説明していたが、 上記純資産基準額を維持する必要があるという説明まではしていなかった。

4 判決
(1) 第1審においては、専ら過当取引を理由とする本件取引の違法が主張されましたが、 第1審はこれを採用せず、原告(オプション取引の購入企業)の請求が棄却されました。
(2) 控訴審(第2審)は、過当取引、断定的判断の提供、 ワラント取引に係る説明義務違反の各主張を排斥したが、 オプション売り取引に関し適合性原則違反を理由とする被告(証券会社)の不法行為責任を肯定した上、 過失相殺(5割)をするなどして、 原告の請求を1億2456万1981円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で認容しました。
(3) これに対し、最高裁判所は、 適合性原則から著しく逸脱した証券取引の勧誘をしてこれを行わせたときは、 当該行為は不法行為法上違法となることを認めつつ、当該事案については、 適合性原則違反についての不法行為の適用を否定し、助言義務等、 他の争点について審理するよう指示して原審に差し戻しました。

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