金融ADRとは
金融ADRとは、金融のトラブルの解決のためのADR(Alternative Dispute Resolution)、すなわち、あっせんなどの当事者の合意に基づく金融トラブルの解決制度の名称です。
近時、金融商品被害を解決する手段の一つとして、企業の銀行、証券会社等から購入した為替デリバティブ等の金融商品に関するトラブルなどについての解決手段としてこの金融ADRの利用が着目されるようになりました。
金融ADRは、金融紛争についてのADRです。ADRは、裁判外紛争解決手段(Alternative Dispute Resolution)の略称で、あっせん、調停、仲裁などの当事者の合意に基づく紛争の解決方法のことです。
ここでいうあっせんと調停は、言葉は違うものですが、中身は同じで、相対立する紛争当事者の間に学識経験者である第三者(あっせん委員、調停委員等)が入り、当事者双方の事情を聴取、整理、相互の誤解を解くなどして、当事者双方の理解を得て、紛争の円満な解決をめざす制度です。
また、仲裁とは、両当事者が、現に生じている紛争、または将来生じる可能性のある紛争の解決について、第三者である仲裁人の判断にしたがう旨の合意を行い、その仲裁人が、当事者双方の事情を聴取、整理するなどして、判断を行うことなどにより、紛争を解決する制度のことです。
金融ADRは、金融トラブルを解決するためのADRですが、法律的には、平成21年6月24日公布の「金融商品取引法等の一部を改正する法律」により、金融商品取引法をはじめとする16本のそれぞれの業界を規制している法律にいわゆる金融ADRの制度が定められました。
つまり、金融トラブル一般を、業界を横断してあっせん等行うADRではなく、業態ごとのADRとなっています。
金融ADR制度を創設する業態一覧
金融ADRの機関が設けられた具体的な業界・業態は、下記のとおりです。
大森泰人外著「詳細 金融ADR制度〔第2版〕43頁」より引用
分野 | 法律 | 業態 |
預貯金 | 銀行法 | 銀行 |
長期信用銀行法 | 長期信用銀行 | |
信用金庫法 | 信用金庫 | |
労働金庫法 | 労働金庫 | |
中小企業等共同組合法 | 特定火災共済共同組合等 (特定火災共済事業等) 特定共済事業協同組合等(特定共済事業等) 信用協同組合 |
|
農業協同組合法 | 農業協同組合 (信用事業等、共済事業等) |
|
水産業共同組合法 | 漁業共同組合(信用事業等、共済事業等) 水産加工業共同組合(信用事業等、共済事業等) 共済水産業共同組合(共済事業等) |
|
農林中央金庫法 | 農林中央金庫 | |
信託 | 信託業法 | 信託会社等 |
兼営法 | 信託業務を行う金融機関 | |
保険 | 保険業法 | 生命保険会社 損害保険会社 外国生命保険会社等 外国損害保険会社等 少額短期保険業者 保険仲立人 |
証券 | 金融商品取引法 | 第一種金融商品取引業者 第二種金融商品取引業者 投資助言・代理業者 投資運用業者 登録金融機関 証券金融会社 |
抵当証券業規制法 | 抵当証券業者 | |
その他 | 貸金業法 | 貸金業者 |
資金決済法 | 資金移動業者 | |
無尽業法 | 無尽業者 |
これらの業界・業態における金融トラブルについては、金融ADRが利用できることになります。
金融ADRの利用者からすれば、業界・業態ごとではなく統一されたADRの方が便利であることは明らかですが、業界団体等によるこれまでの苦情処理・紛争解決の取り組み状況は区々であることや、包括的・業態横断的な金融ADRの制度を現段階で設けるにあたっては専門性・迅速性の確保の観点から課題があると考えられることなどから、業界・業態ごとのADRとなりました。
このため、ある特定の業界の業者・業態と金融商品などにおけるトラブルが生じた場合、どの機関が金融ADRとして受け付けるかは、金融ADRを利用しようとする者が、その業者に尋ねるか、HP等を調べなくてはいけないことになります。
金融ADRの手続き
金融ADRの利用手続きの一般的な流れは以下のとおりです。
利用手続きの一般的な流れ(概要)
引用:政府広報オンライン
http://www.gov-online.go.jp/useful/article/201107/2.html
金融ADR機関とは
金融ADRは、具体的にはどのような機関により行われるのでしょうか。
前記のように、業界団体等によるこれまでの苦情処理・紛争解決の取り組み状況が区々であることから、金融ADRについても、業界ごとに金融ADRのための①指定紛争解決機関を設ける場合と②指定紛争解決機関を設けない場合に分けられます。
(1) 指定紛争解決機関がある場合
指定紛争解決機関がある場合は、その業界の金融業者と金融トラブルが生じた場合は、その指定紛争解決機関に苦情処理の申立を行います。
指定紛争解決機関一覧は、金融庁の指定紛争解決機関一覧に掲載されています。
代表的なものとしては、銀行業務、農林中央金庫業務については一般社団法人全国銀行協会が、
証券会社等の証券業務等の特定第一種金融商品取引業務については、特定非営利活動法人証券・金融商品あっせん相談センター(FINMAC)が指定紛争機関となっていますので、
これらの機関に対して、苦情申立、あっせん申立を行うことができます。
なお、特定非営利活動法人証券・金融商品あっせん相談センター(FINMAC)は、
銀行の指定紛争解決機関ではありませんが、銀行が加入する自主規制機関(日本証券業協会、金融先物取引業協会など)からの委託業務を行っており、
この際、指定紛争機関の内容とほぼ同様の契約を締結していることから、銀行との金融商品のトラブルも多くの場合、
FINMACに申立等おこなうことができます。
(2) 指定紛争解決機関がない場合
指定紛争解決機関がない業界についても、法律上、指定紛争解決機関による苦情処理手続に代わる「苦情処理措置」とともに「紛争解決措置」を行うことができるようにする義務があります。そのため、これらの業界も、そのような機関を準備しています。
例えば、信用金庫、信用組合、労働金庫または農業協同組などの協同組織金融機関には、平成24年4月現在、指定紛争解決機関がありませんが、その多くが苦情処理措置については、自分自身で苦情相談に対処する体制を整備し、紛争解決措置については、東京の東京弁護士会・第一東京弁護士会・第二東京弁護士会の紛争解決センター等の各地の弁護士会と契約し利用しています。また、金融商品取引業者のうち、証券会社以外の第二種金融商品取引業者(例えば、ファンドの販売業者など)や、投資事業・代理業者、投資運用業者については、①特定非営利活動法人証券・金融商品あっせん相談センター(FINMAC)を利用する方法を取ったり、②弁護士会の紛争解決センターを利用したりしています。
したがって、どのような苦情処理・解決手続きがあるかは、その金融トラブルが生じた業者に直接尋ねるか、HP等で確認する必要があります。
指定紛争解決機関がない業態については、金融庁の指定紛争解決機関がない業態をご覧ください。
金融ADRのメリット
金融ADRはどのようなメリットがあるのでしょうか。
(1) 簡易・迅速
ADR一般に言えることですが、裁判が場合によっては数年かかるのに比べ数ヶ月で結論が出ます。
裁判は、過去にどのような事実があったかを、紙の証拠だけではなく、人の証言による尋問等の手続きを経て裁判官が認定することにより、判決が出されます。
裁判手続きの途中で、話し合いによる和解により、解決することもありますが、そうでない限り、数年単位の時間がかかります。
また、裁判の手続き等も複雑で、特に金融商品のトラブルの場合、弁護士に依頼しなくては、行うことは不可能です。
これに対し、ADRは、話し合いによる解決ですので、裁判に比べれば、手続きも簡易で、迅速です。
ただ、金融商品取引は、専門性の高い分野ですから、自分自身で申立を行う場合であっても、弁護士等の専門家のアドバイスを受けることは有用ですし、特に請求金額が高額であるなど慎重な対応が必要な場合は、弁護士等に相談した方が適切な場合もあります。
(2) 相手方金融機関に義務が課されている
他のADR、例えば、簡易裁判所における民事調停においては、相手方は調停手続きに参加するかどうかも自由です。そのため、相手方が出席しないために調停手続きが進められないこともままあります。
また、相手方が紛争に関する資料を提出しない場合も調停委員は、これらの資料を強制的に提出させることはできません。
しかし、金融ADRにおいては、金融トラブルの相手方である金融機関に対し、手続きに参加しなければならない①応諾義務があります。
ここで、応諾とは、あくまで、手続きに参加、出席しなければならない義務のことであり、調停に合意しなければならない義務のことではありません。
また、相手方金融機関は、金融ADRを行う紛争解決委員の要求があった場合は、事実関係を説明し、また、帳簿資料を提出しなくてはならない②説明義務があります。
さらに、金融機関は、紛争解決委員が、通常の和解案ではなく、「特別調停案」を提示した場合は、これを受け入れるか、さもなければ裁判を提起しなくてはならない③受諾義務があります。
ただ、特別調停案については、出してしまうと裁判となる可能性も大きいことなどから紛争解決委員が出すことはまれなようです。
このように、相手方金融機関に他のADRにない義務が課されている点が金融ADRの特徴の一つです。
(3) 任意交渉よりもまとまりやすい
銀行、証券会社等は、金融商品の購入により顧客が損失を生じた場合も、その損失を補てんすることは、原則禁じられています(金融商品取引法39条等)。
しかし、金融ADRや調停、訴訟は、この例外とされていますので、任意の交渉よりもまとまりやすいことになります。
金融ADRでなく裁判を利用しなければならない場合
(1) 事実認定が必要な場合
金融ADRにおけるあっせんは、事実を認定せず、当事者の合意により紛争を解決する制度です。
事実を認定する手段がないことから、あっせん委員が、あっせんの理由とするのは、ヘッジのニーズがあったかなかったか等の資料から認定できる事実に限られます。
裁判は、裁判所が当事者の主張及び証人尋問などの立証に基づき事実を認定し、一定の強制力を持つ判決を出すことにより、紛争を解決する制度です。
また、その手続きにおいて、当事者の譲り合いによる合意に基づく和解により、紛争を解決することもあります。
証人尋問等の事実を認定するための手段があることから、例えば、書面による証拠がない「説明した」「しない」あるいは、「必ず儲かると言った」等の事実の存否についてもそれらの事実があるのか、ないのかを認定した上で判決が出されることになります。
むろん、裁判官も資料を重視した上で、尋問等を聞きますので、客観的な資料が最重要なのはもちろんです。
しかし、金融ADRとの違いという観点からすれば、その金融トラブルの紛争における争点が、客観的な資料で認定できず、証人尋問等を使用するしかない場合は、裁判の方がよいと考えられます。
(2) あっせんの結果に対し満足できない場合
現時点で、企業の為替デリバティブトラブルに対し、金融ADRで委員より提示されるあっせん案は、未払い費用・中途解約金について金融機関に一部負担させるという内容のもので、既に支払った金額の返還、損害賠償等は認めないものです。
したがって、これらの支払いを金融機関に求める場合は、裁判を行うことになります。
また、個人の金融商品トラブルについても、あっせんが認められない場合は、裁判を行うしか解決方法はありません。
(3) まとめ
以上のことから、裁判を行うケースとしては、
①他人名義の使用などそもそも金融ADRが使用できない場合
②金融ADRを行ったあるいは行っても合意が成立しない場合
③既に大部分を支払い終わっている場合
などが考えられます。
ただ、金融商品取引のトラブルに関する裁判では、購入者が勝訴した場合でも、購入者の過失が一定程度認められ過失相殺されることが多いです。
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